広島市南区稲荷町。
広島駅からほど近い場所に、ひっそりと佇む『稲生神社(いなりじんじゃ)』があります。
一見すると街なかの小さな神社ですが、ここにはちょっと不思議な物語が伝わっています。
そのキーワードは、『妖怪』。
今から270年以上前、まだ16歳だった少年のもとに、1か月にわたって次々ともののけが現れたというのです。
しかも、少年は恐ろしい怪異に遭っても逃げ出さず、最後までひるまなかったと伝えられています。

この少年こそ、のちに広島藩士となる稲生武太夫(いのうぶだゆう)
現在、稲生武太夫を祀っているのが、南区にある稲生神社です。
いったい彼の身に何が起きたのでしょうか。
今回は、広島市南区に残る不思議な『妖怪伝説』を紹介します。
16歳の少年の前に、30日間現れ続けた妖怪
物語の舞台は、江戸時代中期の寛延2年(1749年)。現在の広島県三次市です。
稲生平太郎(いのうへいたろう)は当時16歳。のちに稲生武太夫と名乗った実在の人物です。
すべての始まりは、友人と行った「肝試し」でした。
平太郎たちは、真夜中の比熊山(ひぐまやま)へ登ります。
しかし、平太郎は怖がる様子を見せず、その夜は何事もなく帰宅しました。
ところが、しばらくして迎えた旧暦7月1日。
平太郎の身の回りで、不思議な出来事が起こり始めます。
家の中で突然大きな音がしたり、物が動いたり、見たこともない奇妙なものが姿を現したりしました。

そして怪異は、一晩では終わりませんでした。
7月1日から30日まで、実に1か月にわたって、次々ともののけが平太郎の前に現れたと伝えられています。
後にこの出来事を伝える『稲生物怪録(いのうもののけろく)』には、さまざまな怪異が登場します。
普通なら、一晩でも逃げ出したくなりそうな出来事です。
しかし平太郎は、逃げませんでした。
そして迎えた、最後の7月30日。
平太郎の前に、これまでとは違うもののけが現れます。
その名は――
山本五郎左衛門(さんもとごろうざえもん)。
数々のもののけを従える、魔王でした。
妖怪の親玉・山本五郎左衛門との対面
ところが、ここから物語は意外な展開に。
山本五郎左衛門は、平太郎を脅かしに来たわけではありません。
どれほど恐ろしい怪異に遭ってもひるまなかった平太郎の勇気を認め、称えたのです。
そして、自分を呼び出すことができるという木槌を平太郎に贈ったと伝えられています。
こうして山本五郎左衛門は、配下のもののけたちを引き連れて去っていきました。

怖がらせようとしていたもののけの親玉が、最後には少年の勇気を認め、贈り物まで残して去っていく――。
なんとも不思議な結末です。
しかし、物語はここで終わりません。
三次の妖怪伝説が、なぜ南区に?
ここまでのお話の舞台は、現在の広島県三次市が舞台です。
ではなぜ、三次で妖怪と対峙した稲生武太夫が、南区の神社に祀られているのでしょう?
平太郎はその後「稲生武太夫」と名乗り、広島本藩に召し抱えられました。
こうして、物語の舞台は三次から広島へと移っていきます。
そして広島でも、武太夫ともののけをめぐる不思議な話が残されています。
現在の稲生神社の近くで、三次で起きたものと同じような怪異が起こった際、武太夫があの木槌を振って鎮めたと伝えられているのです。
三次で数々のもののけに屈しなかった少年は、やがて広島へ移り、後世には魔除けや強運を招く存在として信仰されるようになりました。
妖怪だけじゃない? 稲生神社は何の神様?
妖怪伝説で知られる稲生神社ですが、実は「妖怪の神社」というだけではありません。
稲生神社は、元和5年(1619年)の創建と伝えられる歴史ある神社です。
こちらには、三柱の神様が祀られています。
・豊受大神(とようけのおおかみ)
・大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)
・稲生武太夫公霊神
(いのうぶだゆうこうれいじん)
豊受大神は商売繁盛や五穀豊穣、大国主大神は縁結びや家内安全、健康を願う神様として信仰されています。

そして稲生武太夫公霊神には、もののけにひるまなかった逸話や「魔除の小槌」の伝承から、厄除け・勝運・招福などの御守護があるとされています。
また、享保18年(1733年)に神社周辺で大火が起きた際、神社と大工・忠七の家だけが焼失を免れたと伝えられており、火災除けの守護としても信仰されるようになりました。
妖怪に負けなかった人物を祀ることから、『負けない』『災いを退ける』神社として信仰されているのです。
妖怪伝説を知ってから参拝すると、その意味がより身近に感じられそうです。
魔王からもらった木槌は、今も広島に?
気になるのは、山本五郎左衛門が贈ったという木槌です。
実は、武太夫が授かったと伝わる木槌は、現在も東区山根町にある國前寺(こくぜんじ)に奉納されています。
物語の中だけに登場する不思議な道具かと思いきや、その伝承につながる品が今も広島に受け継がれているのです。
妖怪の話というと、どこか遠い昔の作り話のようにも感じます。
しかし、ゆかりの神社や寺、そして木槌が現在も広島に残されていることを知ると、『稲生物怪録』の世界がぐっと身近に感じられます。
街なかに残る、不思議な妖怪伝説
広島市南区稲荷町にひっそりと佇む稲生神社。
普段何気なく通り過ぎる街の一角に、270年以上前の妖怪伝説につながる場所があるなんて、意外ではないでしょうか。
16歳の少年の前に現れ続けたもののけたち。
それでも逃げなかった稲生平太郎と、最後にその勇気を認めた魔王・山本五郎左衛門。
『稲生物怪録』は時代を越えて語り継がれ、現在では稲生武太夫の物語は、広島市の「南区七大伝説」のひとつ「妖怪伝説」として紹介されています。
そして稲生神社は今も、魔除けや厄除け、勝運などを願う人々の信仰を集めています。
いつも見慣れている南区にも、調べてみるとまだまだ知らない物語が隠れているようです。
稲荷町を訪れる機会があれば、稲生神社にも少し立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
もしかすると、いつもの街の景色が少しだけ違って見えるかもしれません。












